【継続は力なりって本当か?】隠された前提条件について

継続は力なりって本当か? ANOくんの思想

はい、どうもこんにちは、ANOくんです。
今日は最近ふと思ったことについて書いてこうと思います。

それは「継続は力なりって本当か?」という件です。

例えばイチローの様に日々努力を積み上げ偉大な記録を残したり
エジソンの様に幾千にもわたる失敗を重ねながらも愚直に続けたことで
世紀の大発明ができたりと
物事を継続したことでうまくいくケースも当然あります。

ですが日常生活で
”継続しているのにうまくいっていない人”を見かけることが増え、
「このことわざって当てはまらないケースが結構多いんじゃないかな?」
と疑問が湧きました。

そこでこの記事では「継続は力なり」に疑問を感じた理由を紹介しつつ
「継続は力なり」の正しい捉え方についてお伝えしていけたらと思います。

「継続は力なり」に疑問に感じた理由

継続は力なりに疑問を感じた理由

まずはこのことわざに疑問を持った理由から
説明していこうと思います。

継続しててもうまくいっていない同僚たち

最初はここですね。
僕自身1年半前くらいからWeb系のエンジニアとして
システム設計・開発の仕事に携わっているんですけど
次第に職場に慣れていく中で、周りにいる同僚を見渡すと
「なんかこの人たち人生あまりうまくいってないよな」と
思うようになりました。

明らかに僕より技術力があり
十数年というキャリアを積み重ねてきているのに、です。
努力を継続しているのに、です。

僕が所属していた会社の待遇って
他業界と比べると良いのかもしれないですが
同業界と比べるとそこまで良いものではなかったです。

そして同僚たちと居酒屋なんかで週末に飲んでいると
同じような愚痴を毎回言っており
「さっさと独立なり、転職するなりして待遇あげれば
今ぐちぐち言ってる悩みなんてすぐに解消するのにな〜」と
思いながら、いつも話を聞いたりしていました。

IT業界の、特に技術職なんて今異常な受給ギャップがあり
ある程度技術力のある人ならどこにいっても引っ張りだこなのに
それでもこの場に留まるのはなんでだろう、と。

こうしたシーンを何度も見る様になり
「継続し、努力を積み上げているのに人生うまくいってないのなんでだろう」
と疑問が膨らんでいきました。

成果無視の自己満に走る可能性

また「継続は力なり」を信奉しすぎると
成果面を直視できなくなる可能性が高いなとも思います。

これは自戒も込めてなのですが
例えばSNSなどでプログラミング学習やブログ運営などの
成果報告をしている人は多数いるのですが
継続すること自体が目的になってそうな人よくいるなぁと。

プログラミングに関してまだ経験は浅いですが
一応プロとして仕事をしているので
発信内容を見ると大体その人がどんなレベル感なのか
わかる様になってきました。

ので、「3ヶ月でそこまでやってんのかスゲ〜な〜!」と思うこともあれば
「半年も継続してそれだけ!?もったいな〜」
とびっくりする様なケースもあり
どちらかといえば後者の方が多かった様な気がします。

このように同僚だけではなく
世の中の人たちの動きを見ていても
このことわざにさらなる疑問が湧き、
鵜呑みにしない方がいいかもなと思う様になりました。

「継続は力なり」を使って良い場面

継続は力なりの正しい用法

社会人生活の中や、SNSなどを覗き見している中で
「継続は力なり」があまりうまく活用されていない様に感じました。

最後に「継続は力なり」という言葉の正しい使い方について
完全に持論なのですがまとめておこうと思います。

多分このことわざには前提があって

「(正しい方向性で、適切な努力が積み上げられている時に限り)継続は力なり」

これが正しい使い方でしょう。

それ以上継続していっても明るい未来が一向に見えないのに
惰性でその場に留まり続ける意味合いでの継続や、
自身が欲している成果と論理的に整合性の合わない努力の積み重ねという
意味合いでの継続は効果が一切ない、というのがこのことわざの真の意味だと思います。

ことわざを盲目的に信じるのは危険

ことわざの前提を見抜こう

「継続は力なり」という言葉もそうですが

【1.01の法則っておかしくない?】疑問を解消します

こちらの記事で、巷でよく言われている1.01の法則も
言葉通りに受け取るとおかしいよね、前提条件あるよね
と考察しているのですが
世に溢れることわざって、言葉通り受け取ると
火傷しちゃう恐れのあるものが多いと思います。

人生において、ほぼ全員が自分の望む成果や環境・待遇を
手に入れたいと思っているでしょうし
そこに到達するためにことわざの力を借りて
自分を奮い立たせたりしているでしょう。

なので、ことわざに触れる際には
「ただの現実逃避のためにことわざを活用していないか?」とか
「ことわざの前提を正しく認識できているか?」など
常に正しい用法・容量を守って効果的に活用していく必要があるなぁと強く思います。

コロナウィルスにより時代の過渡期を迎えた現在ですが
そういう時にこそ個々人の情報リテラシーが問われます。
目の前の情報をただただ鵜呑みにせず、しっかり自分の頭で考えながら
豊かな人生を送っていきたいものですね。
ではでは今日はこの辺りで。